遅ればせながら。『涼宮〜憂鬱』放送12話。観た。涙腺ゆるむわ、こんなん。すげえなあ。うあー。
 さすがに、ちょっと原作読んで比較してみたくもなるなあ。しないけど。

 
 http://d.hatena.ne.jp/REV/20060621#p1
>あっちの団長とこっちの団長
 で、以前に俺が書いたの(削除済)についてるコメント。12話を受けてのコトだったのね。

 ライブの途中、ちょっとロングショットが入る。熱狂の舞台、観客席の情景は書くまでも無いけど、椅子が切れた後ろでは、何人か床に座って聞いていて、その後ろは、体育館の床。雨の日の、ロングショットみたいなもの。ハルヒの、SOS団の現世での力は結構なものだけど、それでも、その力は体育館の壁まで届かない。もし、力を開いたものとして表現するなら、体育館の壁まで、キャットウオークまで観客で埋めるとか、だいたいそんなロングショットをいれず、ステージからカメラの視界を観客で埋めているだけでいいのだ。

 一方、あちらの団長さんは、その影響力を世界に伸ばした。

 映像だけなら、まあ、そうなんだけど。
 でも、雨の中のロングショットでも歌はそのまま流れている。
 それは埋没というカタチで回収されていない、とみなしてもイイと思う。そういう瞬間がある、って表現だと。実際に、とか現実に、とかはさておく。違う演出もありえて、例えば講堂や校舎を外から撮ったショットではそのカメラ位置から聞こえる音量音質の歌にしちゃうてやり方もリアリティ表現では普通に行われる。
 
 一方で。ハルヒんとこにバンドメンバーが礼を言いに来たあたりで、ステージ用機材なんかが撤去され清掃中の講堂ってショットを差し挟む演出とかも、なんつーか、どーよ。すげえなあ、おい。
 絶妙。
 あと、ライブの終了とかに間に合わせて雨を止ませたり、空パンしたり、ついでに何となく葉っぱから落ちる雫をピン送りで見せたりとかの、考えなしにやってしまいそうなアレな画を入れないのもさすがだ。
 
 それにしても。ステージ上でいっぱいいっぱいになってるハルヒをちゃんと絵と声とセリフで表現してるのとかすげえよなあ。
 
 あと、あれだ。「あんなのでよかったのかなって」って後悔は映画の方にも思ってくれよ、超監督。とは思った。
 

 それはそれとして。観てて疲れる。すごいんだけど、疲れるすごさだ。個人的に。
 あー。そんな俺は『錬金3級 まじかる?ぽか〜ん』あたり観て和め、ってコトだろうなあ。